40周年を迎えました

お世話になっております。

先日,知ったことなのですが,
啓明舎はおかげさまで40周年を迎えました。

先日,ミーティングで今後について話し合ったところ,
もっと精力的になりそうな雰囲気になってきました。

41年目も邁進してまいります。今後ともお引き立てくださいますよう宜しくお願い申し上げます。

N

投稿日時:2021年12月06日 17時54分13秒

在宅勤務終了のお知らせ

平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。

在宅勤務を実施しておりましたが,10月1日(金)をもって終了とし,

10月4日(月)より通常勤務の体制へ移行させていただきます。

在宅勤務期間中,皆さまへご不便,ご迷惑をおかけしましたことを,お詫び申し上げます。
今後も変わらぬご厚誼を賜りますようお願い申し上げます。

投稿日時:2021年09月27日 22時14分17秒

在宅勤務実施のお知らせ

新型コロナウイルスの感染拡大に関し,罹患された皆様や生活に影響を受けられた皆様に心よりお見舞い申し上げます。

この度は一部,在宅勤務を実施することとなりました。

原則数名が出社いたしますが,直接担当者へご連絡していただくようお願いする場合がございます。

関係者の皆様には,ご不便、ご迷惑をお掛けしますが,何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

終了いたしましたら,担当者からご連絡差しあげます。 新型コロナウイルス感染症の一日も早い収束を心よりお祈り申し上げます。

投稿日時:2021年08月30日 12時26分43秒

日傘始めました

はじめまして。Yと申します。
この度,ブログ執筆グループに仲間入りさせていただくことになりました。
どうぞよろしくお願いいたします。

さて,先週から暑い日が続いておりますが,ついに東海地方も梅雨明けとなりましたね。
昨年の7月は梅雨が明けず,随分と過ごしやすい気温だった記憶があります。
今年もそうなればいいのにと思っていたのですが,そんなにうまいことにはなりませんでした…。

というわけで,少しでも暑さをしのぐために,先日,ついに日傘を購入しました!
事前に調べてねらっていたものがあったのですが,いざお店に足を運んでみれば,「これだ!」というものに出会ってしまい,即決でした。

というのも,ものすごく軽い日傘を見つけてしまったのです。
なんと,99g。スマホより軽いです。本当に持ってるの?と思うくらい軽いです。
常に鞄の中に入れておこうと思っていたので,この軽すぎる日傘に一目ぼれでした。

コロナの影響で,以前よりもお買い物に行く機会は減ってしまいましたが,やはり実際に足を運んでみないと分からないこともありますよね。
今回もお店に行くのは少し面倒くさいなと思っていたのですが,きちんと行ってよかったと思います。

日傘は早速通勤時に使っております。
日射しがあるのとないのとではかなりちがいがあって感動しました。
日傘を愛用している人たちの気持ちがよくわかりました…手放せなくなりそうです…。

これからしばらくは気温が高い日が続きそうです。熱帯夜の予報も出ています。
暑さにはお気をつけてお過ごしください。
日傘,おすすめです。

投稿日時:2021年07月26日 11時12分10秒

素王の歩んだ道②

こんにちは。Sです。

前回は孔子が生きた春秋時代の始まりについてまで述べました。その春秋時代と戦国時代の画期となったとされる年が紀元前453年と紀元前403年です。まず紀元前453年は,晋の趙氏・魏氏・韓氏が晋陽の戦いで智氏を滅ぼした年です。晋は周の王室の一族が建てた国とされ,この時代に覇者(文公)を出したことがあるほどの強国です。覇者についてはいずれ改めて説明しますが,ここでは,そのころに最も勢力のあった国と認識しておいてください。周の一族の国で,実権を握った趙・魏・韓・智の4氏が争って国を実質的に3つに分裂させた年が,この紀元前453年です。それらを正式に諸侯として周が認めた年が紀元前403年です。このときまで,臣下が実権を握って主の首をすげ替えることはあっても,臣下自身が主になることはありませんでした。ところが,このときに趙・魏・韓の3氏は主の姫氏に取って代わってしまったのです。しかもこの下剋上を,秩序を守るはずの周の王室が認めたのです。このときから伝統的な秩序よりも力が物言う戦国時代になったと考えられているため,この2つの年が2つの時代の画期とされているのです。ちなみに,このときにはまだ「王」は周の王室だけが称することができ,諸侯の多くは「〇〇公」と呼ばれていました。孔子は紀元前552/551年~紀元前472年に生きたとされており,まさに時代が移り変わろうとした時期を生きたのでした。

次に孔子の生まれた魯の国についてですが,この国は孔子が尊敬してやまない周公旦の子を開祖とする国です。彼について説明すると,ものすごく時間がかかってしまいます。そのため,かいつまんで申し上げますと,周公旦は周王朝を開いた武王の弟であり,「周礼」を著したとされる中国史上の巨人の一人です。その魯の国に生まれた孔子ですが,「孔子世家」の冒頭に孔子の一族は宋の国の出身と記されています。宋は周に滅ぼされた殷王朝の一族がつくった国ではあるのですが,宋の国は周辺の国からよく揶揄された国としても有名です。例えば,守株や宋襄の仁などの故事があります。ここについても色々と考えることはあるのですが,それは別の機会があれば語ることとします。ここでは,すでに孔子の出生地と家系にそういう不思議な因縁があるという指摘にとどめておきます。さて孔子は「野合」によって生まれた子だとも記されています。「野合」とは,正式な手続きを取らずに夫婦関係となったことであり,孔子の母もこれを忌んで父の墓所を告げなかったそうです。しかし,孔子は子どものころから礼器を用いて礼式を整えて遊ぶなど,儀礼を意識する気持ちが強かったらしく,母が亡くなった時も父と合葬することを望んで父の墓所をさがしてそうしたそうです。孔子はのちに成長したときも儀礼に強いこだわりをもっており,その両親が儀礼よりも感情を優先した行動をとっていたことは意外な感じがしませんか。ここから僕は「孔子世家」は司馬遷一人の手によってなったのではないと考えています。

このことに関する詳細は次回に詳しく述べようと思います。 今回はこの辺にします。次回もお楽しみください。

投稿日時:2021年07月13日 09時37分14秒

梅雨

こんにちは。

ゴールデンウィークが終わって暑くなってきたと思っていたら,梅雨がきました。

じめっとした空気でも,しとしと降る雨が降れば情緒がうまれる不思議な時期です。

夜はだんだん蒸し暑くなっていますが,朝方は肌寒く感じることもあります。
にわか雨に降られて濡れることもめずらしくないころです。

みなさま体を冷やさないよう,体調にお気をつけください。

N

投稿日時:2021年06月21日 14時56分33秒

素王の歩んだ道①

こんにちは。Sです。

最近,おかげさまで仕事も私生活も忙しくて,以前にブログを書いた日から,少し時間が空いてしまいました。しかし,前回もお伝えしたように,みなさんに孔子の生涯を紹介したいという気持ちは少しも衰えていないので,その点はご安心ください。

ところで,今回からしばらく孔子の生涯について書くのですが,基本的に以下の書籍を使用して話を進めていきます。

「史記」中 司馬遷.著 野口定男.訳 平凡社版 中国の古典シリーズ1

「史記」はみなさん,御存知でしょうか。これから中国古代史を話す時は,基本的に「史記」をもとにしていきますので,この機会に簡単に紹介をさせてください。

「史記」は紀元前1世紀ごろ,漢の武帝期に司馬遷によって書かれた中国の正史の一つです。ちなみに,正史とは王朝が認めた正統な歴史という意味であり,正しい歴史という意味ではありません。「史記」は全130巻で本紀12巻,世家30巻,書10巻,表8巻,列伝70巻からなり,孔子の生涯は「孔子世家」にまとめられています。世家とは何かということまでどんどん掘り下げていくと,孔子の生涯を書かずに終わってしまいそうなので,もし機会があれば「史記」についてもまとめます。

孔子は春秋時代の魯の国の出身です。春秋時代は紀元前770年ごろから紀元前5世紀後半までの時代であり,漫画「キングダム」がえがいている戦国時代の一つ前の時代です。春秋時代がどういう時代だったかは,孔子を語っていくうえでとても大事なことなので,要点をまとめて紹介します。もしかしたら,孔子が生れるところまでいかないかもしれませんが,これは重要なことなのでご了承ください。春秋時代は,周(幽王の時代)が四夷の一つである犬戎に攻められて都を鎬京から洛邑に移したころを始まりとしています。不勉強のため,専門的には周と春秋時代ではどのような時代的な差異があるとされているかは知りません。そこで僕の個人的な解釈でお話をしますと,周の時代はその名の通り,周王朝が諸侯をゆるやかにではありますが,統治をしていた時代だと思っています。春秋時代は諸侯が周王朝の権威を利用しながら,独自に諸国を統治したり周辺の国と争ったりしていた時代だと思っています。細かく時期(春秋時代の前半,後半)や地域(楚,呉,越など)を見ていくと正しくないところもありますが,おおざっぱにそういう時代だと認識してください。ちなみに春秋時代は,孔子が書いたとされる「春秋」がこの時期を扱っているためについた名称です。ついでに言いますと,戦国時代は劉向の「戦国策」にちなんだ名称であり,日本の戦国時代は当時の公家が今の世は中国の戦国時代のようだ,といったことからついた名称です。話を戻しますと,春秋時代の終わりはこれも諸説ありますが,大きく分けて2つあります。紀元前453年と紀元前403年です。この二つの年に何があったかを語り始めると,今回のブログが長くなりすぎるのでここまでとします。

孔子の生涯までたどり着けませんでしたが,歴史好きが歴史を好きなあまり,いろいろなことを語りすぎてしまっていると思い,温かい目で見守っていただけたらと思います。

投稿日時:2021年05月21日 20時11分05秒

今年度もよろしくお願いいたします

お世話になっております。

今年は桜の開花が早く,いつの間にか葉桜になっておりました。
地面に落ちている花びらを見て,桜の時期が過ぎたことをひしひしと感じました。

来年は,満開の桜の下にはビールを飲んでいる私がいますように…。
弊社では現在,中学生向けや小学生向けの教材に対応しております。

2021年度も啓明舎を何卒よろしくお願いいたします。

N

投稿日時:2021年04月06日 15時20分57秒

『論語』と孔子

こんにちは。Sです。

今年の大河ドラマ「青天を衝け」が先月から始まりましたね。主人公の渋沢栄一は「日本資本主義の父」とも呼ばれており,代表的な著作に『論語と算盤』があります。この本については守屋淳さんの抄訳(ちくま新書)や100分de名著の4月の名著としても紹介されています。ところで,『論語』とはどのような作品か,みなさんご存じでしょうか。この本は,儒学の始祖とされる孔子の言行録を,孔子の死後に弟子たちがまとめたものです。その教えは日本人にも大きな影響を与え,その痕跡が現在の日本語にも多く残されています。例えば,「温故知新」や「不惑」などがあります。

『論語』は儒学の重要な書物ではありますが,儒学の経書である「五経」に含まれていないことは御存じでしょうか。「五経」とは,儒学の基本経典として最も尊重された五つの書物の総称で,『書経』,『易経』,『詩経』,『春秋』,『礼記』がそれにあたります。ちなみに余談になりますが,経書があれば緯書もあるのかといえば,実はかつて存在していました。緯書は前漢末から後漢にかけて作られた書物で,儒教の経義に関連させながら予言・禍福・吉凶などを説いたものです。『三国志』を好きな方ならご存じかもしれませんが,袁紹の弟袁術が皇帝に即位する際に口実とした「漢に代わる者は当塗高なり」ということばは,『春秋』に関する緯書の中にある予言のことばです。しかし,緯書はのちに禁書となって,今は逸文だけが伝わっています。余談ついでにもう一つ申しますと,昨年から本年度にかけて放送されていた「麒麟がくる」の「麒麟」はもともと,王が仁政を行うときに現れる神聖な生き物として『礼記』にでてきます。さらに,『春秋』左氏伝は,孔子が生きていた時代に麒麟が現れたのですが,捕らえた人々が平和の象徴である麒麟とは知らずに打ち捨ててしまったことを孔子が惜しんで筆を擱くことで終わっています。これが物事の終わりを表す「獲麟」の語源です。

『論語』は「五経」に含まれないというところまで話を戻します。この『論語』を「五経」と並ぶ儒学の重要経典としたのが,南宋の儒学者朱熹でした。朱熹は『論語』,『孟子』,『大学』,『中庸』をまとめて「四書」とし,「五経」に先んじて読むべきとしました。朱子学では「四書」をテクストとして尊重し,やがて朱子学が国学になると科挙の出題科目にもなってそれまで以上に重要視されるようになりました。ただし一言付け加えると,科挙の出題科目となったり,江戸時代には朱子学が幕府の御用学問になったりしたことで,『論語』がこれまで以上に重要視されるようになったことは事実ですが,『論語』はその前から広く親しまれており,長い歴史の中で東アジアの文化に大きな影響を与えた本でもあります。

ここまで,なぜとりとめもなく『論語』について書いてきたのかというと,次回以降,孔子の生涯について書きたいと思っているからです。そのため,『論語』がいかなる書物かということを変化球気味にここまで語り,みなさんに興味を持ってもらい,それから孔子の話をしようと思ったからです。ちなみに,『論語』を読む際の入門としておすすめなのが,『まんが 森哲郎『論語』完全入門』(講談社)。この本は,論語の1文ずつの解説と教訓を4コマ漫画仕立てで紹介しているものになります。『論語』に興味を持った方はぜひ一読してみてください。

投稿日時:2021年03月16日 11時28分20秒

ハンバーグのとりとめのない話

こんにちは,2月も半分以上過ぎてしまいました。

ひさしぶりの更新です。個人的な見解も含んでおりますが,大目に見てください。

 

突然ですが,「ハンバーグ」を英和辞典などで調べたことはありますか?

(ここでいう「ハンバーグ」は調理自習などで作られるような身近な料理のことです。)

 

「ハンバーグ」を和英辞典で引くと次の通りでした。

hamburger(stake)[C]

(『オーレックス和英辞典』(第2版)2016 株式会社旺文社)

 

続いて,hamburgerに近い単語を英和辞典で引いてみました。

 

英和辞典で「hamburger」を引くと…

1 =Hamburg steak.

2 ハンバーグステーキ用のひき肉.

3 ハンバーガー(サンド)《ハンバーグステーキを丸いパンにはさんだもの》.

(『研究社 新英和大辞典』(第6版) 2014 株式会社研究社)

 

さらに別の英和辞典で「hamburger」を引くと…

《「ハンブルク風の(ステーキ)が原義」》

①    [C]  ハンバーガー;ハンバーグ

②    [U] 《米》(牛の)ひき肉(《英》mince).

(『フェイバリット英和辞典(第3版)』 2015 東京書籍株式会社)

 

同じ辞典の「Hamburg steak」を見ると…

[C]  ハンバーグ

(『フェイバリット英和辞典(第3版)』 2015 東京書籍株式会社)

 

同じ辞典の巻末の和英小辞典の「ハンバーグ」を見ると…

a hamburger (steak).

(『フェイバリット英和辞典(第3版)』 2015 東京書籍株式会社)

 

上記の和英・英和辞典によるとと,3通りの表し方があるように思います。

hamburger,hamburger steak,Hamburg steak

 

今度は,英英辞典で「hamburger」を引くと…

1 (BrE also beefburger) [C] finely chopped beef made into a flat round shape that is then fried, often served in a bread roll

2 (also hamburger meat) (both US)(NAmE also ground beef) (BrE mince) [U] beef that has been finely chopped in a special machine

(『オックスフォード現代英英辞典(第9版)』 2015 オックスフォード大学出版局)

 

英英辞典の説明なんとなく,私が思っている「ハンバーグ」とはちがうような気がします。

私が小学校の調理実習で作ったあいびき肉の「ハンバーグ」はパンにはさまれてないイメージが強いからです。

 

参考文献などが少ないので極端な話ですが,もし,日本の食文化にあまりなじみのない海外出身の人物に,私が「ハンバーグ」のつもりでhamburgerと言っても,私が意図した料理を相手にイメージしてもらえない可能性があるかもしれないと思いました。

(「ハンバーグ」に詳しくないので,海外で食べられていないのか実際のところわかりません。)

なお,hamburger steak,Hamburg steakは前掲の英英辞典では確認できませんでした。

 

私の思う「ハンバーグ」は,だれかにとっては「ハンバーグ」ではないのかもしれない…と意味深長に表してみます。

 

「ハンバーグ」は英語表記にする必要がある場合は,目的別に検討していきたいと思います。

 

投稿日時:2021年02月18日 14時31分54秒
カレンダー
検索
最近の記事一覧
カテゴリ
アーカイブ

    学参編集プロダクション 株式会社 啓明舎

ページトップへ