岩津城と信光明寺
お久しぶりです。Sです。
最近は端境期で仕事が落ち着いてきたので,つれづれなるままにブログを書いてみようと思い立った次第です。最後に投稿したのが2023年6月23日だったので,実に3年ぶりです。この3年の間にYou Tubeを始めようと思い,動画を作り始めました。アプリで作った動画をYou Tubeに投稿する方法がわからず,まだ投稿できていないのですが,愛知県岡崎市にある岩津城と信光明寺の動画を作りました。近いうちに投稿するのでよかったら見てみてください。そこで今日は岩津城と信光明寺の話をしようかと思います。ちなみに,今は愛知県豊田市にある松平城の動画を鋭意製作中です。
岩津城は松平郷を根拠地とした松平信光が築いた城とされています。(父の泰親の説もあり。)松平信光は徳川家康の六代前の御先祖様です。この城の面白いところは,入り口に「この先 戦国時代」という看板があることです。こんな山城みたことがありません。入ると堀や土塁がよく整備されており,まさに中世の山城という感じがして最&高です。主郭の前には,はっきりとわかる土橋があり,その左右には巨大な堀と土塁があってみる人を圧巻します。平面から見るとわかりづらいのですが,馬出しもしっかりとあってこの城を攻めるのは難儀だっただろうなぁ,と感じさせます。(主郭にある案内用紙をご覧ください。)これ以上話すと,動画を見てもらえなくなりそうなので,この辺にしておきます。
次は松平信光が祖父 親氏,父 泰親の菩提を弔うために建てた信光明寺です。ちなみに親氏が松平氏の初代です。信光が建てたころの建物は伊勢新九郎(「新九郎、奔る!」の主人公)に焼かれてしまったため,ほとんど残っていません。焼け残った数少ない建物として観音堂が,国の重要文化財に指定されています。文明10(1478)年に建てられたので,まさに戦国時代の幕開けとともに建立された観音堂がみられる,数少ないスポットです。境内の奥には松平氏三代のお墓がありますが,それは動画でご確認ください。
最近,城郭検定だけでなく古文書検定にも挑戦しているので,次回は古文書のお話ができたらいいなぁと思っております。孔子の話は気が向いたら再開します。
それではまた会おう。さらばじゃ!!(名古屋おもてなし武将隊風)

